●病院坂の首縊りの家・横溝正史・★★★★★

稀代の傑物:法眼鉄馬を頭にして、複雑な家系図をえがく法眼家と、法眼家の二重三重の婚姻によって結ばれた五十嵐家。二つの家が結びつくことにより、更に複雑な家系となった両家だが、そこに一つの大きな落とし穴を作ることになった。
昭和28年、金田一の元を訪れた依頼人は告白しはじめる。法眼病院跡で奇妙な写真
・・・・・兄と妹と思われる結婚写真を撮ったことを・・・・・・・

金田一最後の事件ということで、細かい文字に上下2巻と気合が入っております。
内容のほうも、いつものように金田一が一族に招かれて、あれやこれや
必死で隠している一族の事情を暴露しつつ事件を解決する、というストレートなものでなく、異常な事件の陰に法眼家がちらつくという、搦め手で(←?)攻められていますね。


それゆえ、もしかしたら飽き性の人には、なかなか本題に入らなくめんどくさくなる
危険性もあるのですが、そこは横溝正史。突発的な法眼家現当主との鍔迫り合いなど
スパイスを加え、読者を放しません。


そして、犯人が明らかになる段階にいたっては、涙を誘うこと必至。
最後の事件の犯人、いままでの犯人が血の汚濁から生まれた悪魔や鬼子母神ということもあって、どんな怪物じみた精神の輩が登場するかと思っていたのですが、それはごくごく平凡な人間で。

しかも、この作品は20年前と20年後の2篇に分かれているのですが、その月日の中で表面上は一番人間的に成長し、凡人ながらも幸せをつかみとったように見える人物。それだけに、犯人を殺人に駆り立てた原因(
恐喝)の悲惨さがまし、純粋に(恐喝)した人物に憎々しさを覚えますね。


締めくくりは、犯人とは別のラスボスであった(
法眼弥生)の劇的な死。
絶世の美女として謳われていた女傑。彼女の咲き誇る容姿に伴うかのように法眼家も繁栄の一途をたどっていました。そんな彼女がよる歳波には勝てず、衰えていき法眼家の凶事の象徴:(
蛆虫)のように、事切れる描写は何を暗喩しているのでしょうか・・・・?
やはり法眼家の凋落、しかも凄惨な末路を示唆しているのでしょうか・・・・・・・・?


「鉄也のやつ、鉄也のバカ」
恐喝状を作成しながらかれは絶えず口ぎたなく罵っていたが、ふしぎなことにはその眼には涙が光っていた。(下巻、p320より)








●悪魔の降誕祭・横溝正史・★★★★
※今回は作品をいじくっているので純粋なファンの方はご注意ください


緑ヶ丘荘の金田一耕助の事務所。
今や知らぬ人のない名探偵の城で殺人事件が起こったから、さぁ大変!?
次の殺人の日時をクリスマスとまで予告してきた大胆不敵な犯人を、
金田一は探し出すことができるのか・・・・・・?

これは数いる日本の探偵の中で最も有名であり、最も敬れている探偵の一人の
ワンエピソードである。


「いえね、×××(犯人の名前)、あんたその(毒入り)紅茶のむ勇気がある・・・?(原文)」←挑発

犯人、紅茶を飲む。
←探偵、止める素振りなし

犯人、死亡。


・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・え?

金田一先生、なにやってるの?

後に、犯人のあまりの鬼畜の所業ゆえ、犯人自ら己を断罪させたようなフォローがはいってましたけど、もともと
一連の殺人事件のきっかけは金田一先生がうっかり作ったようなもの
だからなぁ。今回、下手にでることはあっても、そんな演出かましてる場合ではないのでは?

金田一先生のうっかりで始まり(善良な一般人死亡)、金田一先生のうっかりで終わる
(犯人死亡)、内容は面白かったけど、違う意味で凄い事件だ。


また、金田一先生がいつもとなんか違うといえば、次の短編『女怪』もそうで、
冷静で温和な金田一先生と一味違った・・・・というか黒歴史をみたかったら、
是非この『悪魔の降誕祭』をどうぞ。
『悪魔の降誕祭』・・・・初めは普通に「悪魔の化身のような犯人のクリスマス」と思ってましたが、
もしや
「悪魔が金田一先生の中に降り立ったクリスマス」という意味なのかもしれない・・・。







●ブレイブ・ストーリー・宮部みゆき・★★★★

三谷亘11歳。
父親似の理屈屋なところを除けば平均的な現代っ子である彼が、その後の道を
大きく変えたのは、やはり“幽霊ビル”の噂を聞いたときからだっただろうか。
学校で広まっているありがちな怪談を聞いてからというもの、それがスイッチのように亘しか聞こえない声、虚ろな美少女、ヒーローのような転校生が彼の目の前に現れる。
亘自身も空想的なそれらに目を奪われていた。
その影で現実的な悲劇が彼を待ち受けていると知らず・・・・・・・・

※ネタバレありです

本編は簡単に要約すると、ごく普通の小学生がとりかえしのつかない悲惨な出来事を、
なかったことにする願いを叶えるため異世界の扉を開けるという、ファンタジー。
宮部女史のファンタジーということ自体珍しいですが、映画化で否が応でも注目が高まりますね。
実際、評判負けせずかなり面白かった!


<第一部の現代編>

無意識に計算高い面を持っていたり、妙に理屈っぽかったりするも、精神はまだまだ未成熟という、本当に現代っ子の等身大のような主人公:亘。そんな彼の異世界に旅立つまでのリアル世界の話です。ある意味長い序章なのですが、読者によってはこっちの方が面白いという人が少なくないかも。というのは、家族崩壊の流れが巧い。

単に亘の家族の誰かが死ぬとかでなく、親の離婚というリアリティある出来事でまず
読者の感情移入をうながし、そして離婚後の父母のそれぞれの前向きなようで、どこか
歪な行動の数々で不安をあおる。


父の方は離婚後も亘を気にかけ、一生懸命誠意を持って接しているように見えます。
しかし、心の奥底では、愛人との新しい未来に向かっているのか何気ない言動の中に、
最後の最後で亘に見切りをつけている様子が見えないこともない。
亘がそれを本能的に察知して、訴えようとしても、表面上は誠実にふるまっている、いや
ふるまっていると思い込んでる父ですから、言葉届かず、もどかしい場面です。

また、母の方でも、出ていった夫のいない家庭を切り盛りしようと気丈に頑張っても、
その気力は「夫はきっと帰ってくる」という、もうどうしようもならないことを前提にしている
のですから、前向きにふるまえば振舞うほど痛々しさが増し、なにか不吉な予感を
させます。

そして、極めつけは父の愛人が亘と母を訪ねるところ。
愛人が腹の子の存在を告げることにはじまり、母が狂気を発し愛人を襲う。
昼ドラでは珍しくないですが、それをまだ11歳の亘の目の前で展開するのがエグイ。


<第二部のヴィジョン編>

・・・・・ということで、ドロドロの第一部ですから、第二部のファンタジー編は、
比較的のんびりとした印象を受けます。いや、この世界でもそれなりに大変な目に会うのですが、仲間に恵まれ旅をしていくという、王道な冒険モノ展開で、まぁ、なにかあっても大丈夫だよなぁ、と安心してみてました。

むしろ、こちらの世界で気になるのは、ずっと孤独でありつづけたライバルのミツルで、
意志の強さがかえって禍して破滅していった場面は、普通にぐっときたりも。
彼は間違いなく裏主人公でした。


・・・・・・・・・・・というわけで、長々とドロドロと書いてまいりました。
当初はカッツさん、姉御----!!ワタルレベル上がりすぎだろ!!とか、つっこみ感想を入れようと
思っていたのに、どうしてこんな怨念のこもったような感想を書いたのか・・・。
たぶんオンバ様の呪いです。







●変身・東野圭吾・★★★★

成瀬純一、サラリーマン。
それに特筆する項もなく強いて付け加えるなら、性格:温良、趣味:絵なくらいか。
そう、ついこの前まで、彼はその他大勢の一人といって差し支えない普通の男だった。
普通の男・・・いつか一戸建てを購入し、恋人と慎ましく生活するような夢を描くような。

それが今ではどうだ。日一日とキャンパスから手が遠のき、その拳は筆を持つのではなく、人に振りあげられようとしている。いかにして人と折り合いを付けていくかと悩ませていた思考は、いかにしたら人を屈服させられるかというソレに替わっている。
自身の変化に愕然とする彼は、その原因と思われる脳手術・・・脳のドナーを探し始めるが・・・・?

はじめは帯に「感動のラブストーリー」と書かれていたので、読み始めるのに随分時間がかかりましたが、一旦本を開くと止らない。刻一刻と変わっていく主人公の言動は読み手自身もなんだか不安な気持ちにさせ、いきつく場所、主人公の精神の最終変化を見届けるまで読み止ることができません。やむをえず、読むのを中断したときも本から引力を感じましたよ。

そして、そうドキドキしながら主人公の「変身」模様を逐一見ているにも関わらず、
一人称が「僕」から「俺」へと変わっていることの自然さ、巧い!!

唯一惜しいのは、主人公は「絵」が趣味、脳のドナー相手は「ピアノ」が趣味と、左脳右脳を語る上で具体例を出されたような、それぞれの芸術趣味がやや作為的だったことかな。
芸大に通っているわけでもない、周りの環境も決してそれをよく見てるわけでない中で、
キャンパス広げ画材屋に通い詰める本格的な若者は、世間に一体何人いるのかと思うとね。

・・・・・といっても、それは重箱の隅をほじくるような些細なことで、
読んでいる間はひたすら「変身」に魅入っていました。








●悪魔が来りて笛を吹く・横溝正史・★★★★★

麻生六本木にある椿元子爵の邸宅。そこは都合により、三家族が同居する奇妙な状態が続いていたが、問題化したのは、椿元子爵が自殺して後だった。
子爵が復讐をしにこの世に舞い戻ってくる、という亡き夫の妻の妄想が具現化したかのように彼が現れたというのだ。関係者の脳裏に去来するのは、彼の遺言。

ーーああ、悪魔が来りて笛を吹く。

意味深長なその言葉は、彼が同居人に復讐しに行くと宣言したものだろうか?
心中の問いかけを肯定するように、子爵の製作曲『悪魔が来りて笛を吹く』が高らかに響いたとき、最悪の事態は起こった!!

裏表紙に
「名作中の名作と呼び声の高い、横溝正史の代表作!」(角川文庫)と銘打たれていましたので、期待しすぎたこともあったのでしょうか・・・・・・。

本編は、金田一先生が調査のため、子爵邸から須磨、須磨から明石とどんどん地方へ移動して、最後に子爵邸に戻るのですけど、その間、物理的に子爵邸の容疑者達から遠のくわけで。
必然的に、探偵小説の面白み、犯人が探偵の目前で嘘をいけしゃあしゃあと述べる機会もなくなり、普通の下地調査という感覚でいまいち刺激に欠ける展開でした。


・・・・・というわけで、中盤まで肩透かしを食らった気分で、裏表紙の煽りに賛同できなかったのですが、その感想は見事にひっくり返らされる。終盤の怒涛の展開で!


『犬神家の一族』の犯人に勝るとも劣らない犯人の不思議な泰然たる態度・・・
それこそ悪魔的というべき態度を最後まで貫いていた犯人。こういう連続殺人ありがちな
タイプと言われればそれまでなんですが、横溝作品だと妙に際立つのですよね。

極め付けに、最初からずーーーと提示されていた、あるモノが至極明快に犯人を示していた事実!読み手をあっと言わせること請け合いです。
横溝作品は色々な探偵作品に踏襲され、当時は奇抜であっただろうトリックもいまや古い、
とういうのがシリーズ4冊読んだ時点での感想なんですが、「あるモノ」に関しては
本当にやられた!って感じです。

そして、これらの背景は下地調査が見事実る「謎解き」編で、面白くないわけない。


最後まで読んだから言えます、これは名作です、と。







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